尖閣諸島国有化から5年を迎えます。2012年9月11日、私は、尖閣国有化を閣議決定しました。埼玉県在住の地権者と年間2450万円で賃借契約を結んでいた魚釣島、北小島、南小島の3島を総額20億5千万円で国が買い取ることにしたのです。その決断の背景は…。

  2012年4月16日、当時の石原慎太郎・東京都知事がワシントンで講演し、尖閣諸島の3島を都が地権者から買収する意向を表明しました。この電撃的発言は日本国中に大きな旋風を巻き起こし、巨額の寄付金が一気に集まりました。

  同年5月13日、北京で日中韓サミットが開催されました。この時の私と温家宝・中国首相との会談は、ギスギスとした、重苦しい空気になりました。この約1か月前の石原発言が、中国側の態度を急速に硬化させていたのです。尖閣をめぐって厳しい応酬となりました。

  その直後の5月18日、私は総理執務室に官房長官、官房副長官、首相補佐官、外務次官、官房副長官補などを秘かに集めました。尖閣国有化に向けた具体的な行動を指示するためでした。以後、このチームが手分けして、石原氏の動向を探り、地権者と粘り強く交渉し、中国や米国の根回しに奔走しました。

  中国をいまだに支那と呼ぶ対中強硬派の石原氏の下で、島が都有地になれば日中関係が険悪になると判断したからです。わが国固有の領土である尖閣諸島を、いかに長期的に平穏かつ安定的に管理するかが、私の問題意識の根底にありました。

  この思いを確信したのは、8月19日の石原氏との直接会談でした。石原氏は島に船だまりを作ることにこだわっていました。しかし、船だまりを作れば、日本の漁船だけが利用するとは限りません。台風の時に中国や香港、台湾の船も緊急避難してくるでしょう。活動家の上陸を呼び込み、係争が日常茶飯事になってしまう可能性もあります。約1時間半の議論は平行線のままに終わりました。

  この会談で明らかになったことは、石原氏が島の現状変更を契機に、日中両国が軍事衝突をしても構わないという立場だったことです。詳細なやりとりは省きますが、自衛隊の最高指揮官として看過できない発言もありました。以降、私は、国有化にむけた動きを一挙に加速しました。

  領土を巡る紛争解決には、「国士」ぶった人物の短慮が大きな妨げになります。虎視たんたんと少しずつでも実効支配の実をとっていく、世紀の単位でアプローチする覚悟が必要です。

  国有化の閣議決定後、残念ながら日中関係は一時的に悪化しました。経済界からは批判の声もあがりました。が、国家主権を守るという重い責任は、短期的利益と相殺されるものではないと思います。評価は歴史にゆだねます。