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トップ画像:佐藤栄作首相とリチャード・ニクソン米大統領(1969年11月米ホワイトハウスにて)
出典)Richard Nixon Foundation HP

檜誠司(ジャーナリスト、英日翻訳・研究家)

【まとめ】

・1969年佐藤・ニクソン会談。対米繊維輸出自主規制について佐藤首相が「善処します」と答えた。

・通訳者が“I will do my best.”と訳し、米側は日本が自主規制に積極的と誤解したとされる。

・繊維摩擦はこじれにこじれ、「世紀の誤訳」といわれた。

「善処します」誤訳伝説とは何か。その起源はほぼ半世紀前の1969年11月の佐藤栄作総理とニクソン大統領との間で行われた日米首脳会談にまでさかのぼり、通訳に誤りがあったと言われる。

ニクソンから対米繊維輸出の自主規制を求められた佐藤が「善処します」と答えたところ、通訳者が“I will do my best.”と訳したが、ニクソンは日本が自主規制に積極的であると解釈したという内容だ。

佐藤は「前向きに検討します」と発言したとの説もあるが、最も話題になるのは「善処します」だろう。日本の外交交渉におけるミスコミュニケーションが起きると、しばしば引き合いに出されるのがその誤訳伝説だ。

メディアの中でも根強く残っており、今年1月10日付の朝日新聞の天声人語でも取り上げられた。この天声人語では「訳の巧拙はときに外交をも混乱させる。古くは佐藤栄作首相の『善処します』。これを米政府が確約と受け止め、繊維摩擦がこじれた」と指摘していた。

確かに繊維摩擦はこじれにこじれ、確約を実行しなかった日本側の態度は、ニクソンの怒りを買った。1971年夏の日本の頭越しの電撃的な米中国交正常化の発表金・ドル交換停止などの「新経済政策」のいわゆる2つの「ニクソンショック」を招いたとも言われる。鳥飼玖美子の著書のタイトルを借りれば、「歴史をかえた誤訳」ということになる。

ニクソンは大統領選で南部繊維業者の票を取り込むため、繊維問題の解決を選挙公約に掲げて当選した。それだけに繊維交渉難航をめぐるニクソン政権のいら立ちはいかばかりか、米側の機密解除公文書を見てみよう。

首脳会談からほぼ4カ月後の1970年3月18日夕、ニクソンの側近だったキッシンジャー補佐官(安全保障問題担当)は日本側のカウンターパートで佐藤の密使だった若泉敬との電話で、「君の友人(筆者注:原文は your friend で、佐藤総理を示す。若泉とキッシンジャーは電話での会話の際、暗号を作成し、若泉を『ミスター・ヨシダ』、キッシンジャーを『ドクター・ジョーンズ』、また、相手の首脳のことを『ユア・フレンド』、自分の首脳を『マイ・フレンド』と呼んでいた)は約束したことを実行できないようだね」と語った。その2日前の16日にはキッシンジャーはジョンソン国務次官との電話では、繊維問題をめぐり「Japs」の言葉を使った。

この繊維交渉悪化の誤訳原因説については有力政治家も国会で言及している。2014年の3月27日の国会での答弁で、そんなに古い話ではない。国会議事録によれば、「繊維のことについて日本は前向きに検討します(筆者注・アンダーラインは筆者、以下同じ)と。これ、日本人が聞いたら、これはやらないって意味だなと分かりますよね。役人が前向きに検討をしますと言うのはやらないということですから、大体基本的には、やるようなふりをしてやらない、(中略)それを直訳したらどうなるかといったら明日にもやるように聞こえるわけですよ。これが、日米繊維交渉がもめた一番の理由はこれです」。  

発言したのは麻生太郎副総理・財務相で、総理と外務大臣の経験もある。外交上の極秘情報が集まるいくつかの要職に就いた人物が、繊維交渉が難航した最大の理由は通訳だったと国会で指摘するのだから、驚く。

政治家は交渉の失敗を通訳や翻訳のせいにする-「善処します」誤訳問題について現役の通訳者と話をすると、こうした政治家への批判をよく耳にした。

ちなみに、佐藤・ニクソン会談の日本側の通訳を務めたのは外務省キャリア外交官だった赤谷源一・大臣官房審議官だった。英オックスフォード大学で学び、外務省の中でも屈指の英語使いだったと言われる。

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写真:赤谷源一氏 出典)国際連合広報センターHP