日本のPKO5原則は、紛争に巻き込まれることを認めてはいないからだ。直ちに撤収する必要がある。「戦闘ではなく、衝突であった」というような、言葉遊びに近い稲田防衛相(当時)の発言があったり、日報そのものが破棄されて存在しない、というような不可思議極まることが次つぎと報じられた。

「政治」によって現場の自衛隊員の直面した事実が消されようとしたのである。

▼日報問題の顛末を追っていると、日本の自衛隊の位置づけの不自然さが際立つ。そもそも本来は「軍隊」でありながら、「戦闘」をすることは憲法のうえから認められていない。「国際貢献」を旗印に、海外に派遣されたPKO部隊において、隊員は身の危険が迫り、撃たねばわが身がやられるという時には、武器の使用は認められる。身近なところで仲間が危機に瀕していても、見て見ぬふりを余儀なくされてきたが、ようやく「駆けつけ警護」の名のもとに、助ける行為が可能になった。

二重三重に縛りを受ける特殊な「軍隊」である自衛隊。万が一の際にはどうすればいいかは、まさに高度な対応力が求められる。その格好のケースが起きた。尤も、映像を見ている限りでは、自衛隊の宿営地を「砲弾」が襲ったのであって、個別の隊員が身を護るために、発砲を余儀なくされる場面であったわけではないように見えた。

つまりひたすら身を隠し、砲弾の通り過ぎるのを避けていればよかった。その点、「戦闘か、衝突か」といった事態認定に曖昧さが入るゆとりが、幸か不幸かあったと言えるかもしれない。だが、そうした事実そのものを隠蔽しようとした自衛隊幹部、防衛省中枢の罪は極めて大きいと言わざるを得ない。結果、認めたくない「戦闘」があったことを証拠づけたようなものだからである。(2017・8・13)