「一国一城の主」なる言葉はこうした背景から生まれた言葉だ。

 こうしたニーズに応えるため国は1955年に日本住宅公団を設立し、都会に流れ込む勤労者のために大量の住宅を用意した。都市郊外部に、ニュータウンと呼ばれる大量の団地が建設されたのがこの頃だ。代表的な事例としては東京の多摩、大阪の千里、名古屋の高蔵寺などのニュータウンが大規模ニュータウンとして有名だ。

 ただし供給された住宅の多くは「賃貸」住宅だった。賃貸ではいつまでたっても自分のものにはならない。「根無し草」のような状況は農村をオリジンとする地方出身者には耐えられない。そこで、徐々に収入が上がり始めた勤労者に家を買ってもらおうということになったのだ。

 これがマイホームは財産と考える地方出身者の心には響いた。勤労者は勤務先から毎月支給される給料というフローはあるものの、マイホームを買えるほどの貯蓄=ストックはない。そこで収入の安定している勤労者向けに「住宅ローン」という制度融資の充実を図ったのだ。

家賃を毎月「捨てる」より毎月のローン返済を選んだ勤労者

 終身雇用を前提として一生懸命会社のために働けば、給料は年齢に応じて上昇する。その毎月の給料の中から住宅ローンを返済すれば、やがては自身の持ち物=資産となる。それならば賃貸住宅で家賃を毎月「捨てる」よりも、自らの資産形成になるということから、多くの勤労者がこぞって住宅を購入するようになったのだ。

 それでも大都市への大量の人の移動は、国や民間がどんなに頑張っても需要のすべてを満たすことはできず、住宅不足は大都市における大きな問題となった。結果として地価は大幅に上昇、価格が値上がりするということは、住宅の価値を高め、住宅を購入する人に対して大きな「含み益」をもたらすことになった。

 毎月がんばってローン返済を続けた結果、定年退職するまでの間にマイホームは自分のものになり、そのころには多額の「含み益」が生じている。マイホームは勤労者にとっての資産形成手段と信じるようになったのだ。