そして、隣にいる市民団体メンバーを指し「話はあの人に聞きなさい」と言って、自らは語ろうとしなかった。

基地問題が長引くにつれ辺野古集落の住民は分断を深めた。そんな状況に心を痛めながらも、沖縄戦の記憶が彼女らを新基地建設反対へ駆り立てたことは容易に想像できる。しかし、それだけだったのか。大田さんの言葉を反芻するうち、私は今、おばあさんの静かな抵抗の背景に別の理由を考えるようになっている。

今年「軍事主義を許さない国際女性ネットワーク会議」が結成20年の節目を迎え、慰霊の日をはさんで沖縄で国際会議を開いた。基地問題について米軍駐留国の女性たちが情報交換するネットワーク。フィリピン、グアム、ハワイ、プエルトリコ、韓国そして沖縄。参加したどの駐留国も、基地を取り巻く歓楽街の存在と性暴力という共通した問題を抱えていた。

キャンプ・シュワブを抱える辺野古も、かつて歓楽街としてにぎわった。米兵たちが町へ繰り出し酒を飲む。そうした中での女性への振る舞いは想像に難くない。歓楽街だったころを「景気が良かった」と懐かしむ男性とは別の記憶が、辺野古のおばあさんたちにはあったに違いない。

(くろしま みなこ・『沖縄タイムス』記者。6月30日)