ひきこもらない

ひきこもらない


Kindle版もあります。

ひきこもらない (幻冬舎単行本)

ひきこもらない (幻冬舎単行本)

内容紹介
家を出て
街に遊ぶ。
お金と仕事と家族がなくても、人生は続く。
東京のすみっこに猫2匹と住まう京大卒、元ニートの生き方。
世間で普通とされる暮らし方にうまく嵌まれない。

例えば会社に勤めること、家族を持つこと、近所、親戚付き合いを
こなすこと。同じ家に何年も住み続けること。メールや郵便を溜め
こまずに処理すること。特定のパートナーと何年も関係を続けるこ
と。睡眠薬なしで毎晩同じ時間に眠って毎朝同じ時間に起きること。

だから既存の生き方や暮らし方は参考にならない。誰も知らない
新しいやり方を探さないといけない。自分がその時いる場所によって
考えることは変わるから、もっといろんな場所に行って
いろんなものを見ないといけない。

 僕はこの本を読みながら、ずっと考えていたのです。
 人間の生き方には、いろんな形があるのだなあ、って。

 phaさんは京大を卒業し、会社勤めをしていたにもかかわらず(恋人がいたこともあるのに!)、シェアハウスに住み、定職に就かない、という生き方を選んでいる人です。

  子どもの頃、あるいは、こうしてインターネットが普及する前は、大人って「ちゃんと働いている普通の人」か、「精神的な問題などで、家から出ることもできない引きこもり」か、ギャンブルやアルコールで人生ぶっ壊れてしまった人」の3つの定型のいずれかに分類されると思っていたんですよ。

 でも、インターネットのおかげで、phaさんのような「会社勤めはしないし、アルコールやギャンブル依存でもないけれど、家に引きこもっているわけでもない」という生き方が可視化されてきたのです。

 これまでの世の中では、「依存症になるほど病的なのめりこみはなく、ずっと家に引きこもっていなければならないほど、精神的に追い詰められてはいないけれど、社会人、あるいは会社人として日常を送るのはすごくつらいと感じていた人」は、なんとか歯を食いしばって「適応」してきたのです。
 そうするしかない世の中だったから。

 しかしながら、インターネットは、「身を粉にして、他人に認めてもらえるように働かなくても、少し稼いで、ちょっと遊んで、つつましく暮らしていければいい」という生き方を選びやすくしたんですよね。
 「会社勤めができない」からといって、「引きこもっていなければならない」わけじゃない。

人間の生き方には、いろんなグラデーションがある。
会話という行為自体が心理的負担で、発声するたびエネルギーを消耗する人間がいることを考慮せずに、突然話しかけてくる人間がこの世界には多すぎると思う。髪を切りながら話しかけてくる美容師と服屋で話しかけてくる店員のことは憎んでいる。あと突然玄関のチャイムを鳴らす営業マンや宗教の勧誘のことも。

 店に行くときはチェーン店がいい。チェーン店の店員はマニュアル以外の余計なことを話さない。個人商店のおっさんのように「このへんに住んでるんですか」とか「最近よく来ますね」みたいな余計なことを言わない(そういうことを言われるともうその店には行かなくなる)。

 チェーン店で働いているのは、マニュアルに沿って動くだけの、誰とでもすぐに入れ替わりが可能なアルバイトばかりだ。バイトなんてそれでいい。たかがバイトなんかに人間エネルギーを費やす必要はない。そして、そんな人間味を失った店員の前では自分も、社会性や愛嬌を持った人間のふりをしなくても許されるような気がするから楽なのだ。

 読んでいて、phaさん、あなたは僕ですか?と言いたくなるような話ばかりだったことに、読んでいて驚きました。
 ああ、僕みたいな人間って、他にもいるんだ、って。

 「どこも同じようなチェーン店ばかりで」って嘆く声が目立つわりに、多くのチェーン店が営業を続けているのをみると、あえて声は上げないけれど、そういう「人と人のふれあい(とそれを美化する社会)に負担を感じる人」は、少なからずいるのでしょう。

 こうして、phaさんのシェアハウスに人が集まってきたり、著者が多くの人に読まれたりしていることを考えると、僕が思っているよりもずっと、世の中には、phaさんみたいな人、僕みたいな人がいるのではなかろうか。

 なんのかんの言っても、食べられている我々は「めぐまれている」のかもしれないし、「われわれ」とは言ってみたものの、僕はたぶんサウナを趣味にすることはないだろうし、シェアハウスに住むのも他人が気になって難しいと思うのです。

 同じところに住み続けると、飽きてしまって引っ越したくなる、という話を読んで、葛飾北斎も、こういう人だったのだろうか、なんて考えていました。

 似たところがあるのと、違うところがあるのは当たり前のことで、だからこそ、人の個性は尊重されたほうが良いのですよね。