――ご著書では、西尾先生が実際に目にされた様々な遺体のケースを通じて、日本社会にある「格差」を描かれています。私の身近では聞いたこともないような壮絶な最期を迎える方が、実はたくさんいらっしゃることを知り、衝撃を受けました。

【西尾教授】「格差」というと少し硬い印象を持たれるかも知れませんが、たとえ経済的に困っていない人であっても、一人で亡くなることはありえますよね。メディアでは相変わらず「孤独死」をセンセーショナルに取り上げています。ですが、日本は「世界一の高齢化社会」であり、今後は独居暮らしがますます増えてゆく。未婚率も上昇を続けていますから、いずれ独居暮らしの末の孤独死は、ありふれた死になるはずです。

――確かに、人口の高齢化を考えると、これから孤独死は珍しいものではなくなりそうです。現在、孤独死をむかえるケースではどんな特徴があるのでしょうか?

【西尾教授】一人暮らしの場合、いわゆる孤独死で亡くなるケースは圧倒的に男性が多いです。女性の場合は高齢になるほど孤独死が増える傾向にある一方、男性は年齢の若い方が多いのも特徴で、50〜60代がピークになっています。私の印象ですと、独居暮らしでアルコール依存症等で亡くなっているケースは、ほとんどが男性です。女性に比べて男性のほうが、独居になると不摂生になりやすいのかもしれません。男性は、食生活も含めて気をつけたほうがいいですね。

――ほかには「死の格差」を感じたケースはありますか?

【西尾教授】家の中で凍死した方の遺体を解剖することがあります。北海道のような寒いところだけではありません。たとえば大阪でも家の中にいて凍死した人がいます。人間は体温が28℃程度まで下がると、不整脈が出て死に至ります。私が見た中では、貧しさゆえに満足な食事ができず、体内エネルギーが維持できなくて体温が徐々に低下し、凍死してしまった遺体がありました。

――大阪で凍死することがあるというのは驚きです。つまり、日本全国どこであっても、可能性はあるわけですね。

【西尾教授】そうです。これから夏に向けては、ウジのいる遺体が多くなってきます。死後数日も経っていれば、ウジは必ず発生するんです。完全に密室にしたつもりでもどこからかハエが入ってきて、まぶたや鼻の穴といった水分があるところに産卵します。

――季節を問わず日々遺体と向き合っていらっしゃると思いますが、年間でどれくらい解剖されているんですか?

【西尾教授】300体ほどです。臨床の医師のように直接患者さんの病気を治すのではなく、警察からの嘱託を受けて遺体を解剖しています。それらは大抵の場合、犯罪被害や孤独死などの「はっきりと病死と言えない場面」で亡くなった方々の遺体であり、「異状死体」と呼ばれる遺体を扱うのが法医解剖医の仕事になります。


西尾 元●1962年、大阪府生まれ。兵庫医科大学法医学講座主任教授、法医解剖医。香川医科大学医学部卒業後、同大学院、大阪医科大学法医学教室を経て、2009年より現職。兵庫県内の阪神地区における6市1町の法医解剖を担当している。

――著書の中で法医解剖は「人生最後の住民サービス」と書かれていました。ただし、ご著書によると、地域ごとに年間の解剖率は違うようですね。

【西尾教授】地域によってばらつきがあります。私のいる兵庫県は、法医解剖の割合が神奈川県に次いで高くなっています。監察医がある都道府県では法医解剖率が高くなるんですね。神奈川県が39.2%、兵庫県が33.4%、東京都が18.2%、大阪府が15.0%です。一方でそれ以外では、例えば広島県が1.5%、岐阜県が2.7%、大分県が3.1%と、非常に低い水準にとどまっています(以上全て警察庁発表の2015年データ)。理想的には日本の中で統一した死因を究明する、あるいは犯罪を糾明するようなシステムがあるべきだと思っています。実際にはそこまで至っていません。

――どこで亡くなったかによって死因がはっきりする場合としない場合があるというのは、それもひとつの格差ですね。

【西尾教授】死に際してひとつ平等なことがあるとしたら、誰しも死んで腐敗すると緑色になる、ということでしょうか。腸の中の細菌が産生する硫化物が血液のヘモグロビンとくっつき、全身が緑色になるんです。

■どんな時でも人は最後まで生きようとする

――日頃から多くの死を見ている中で、逆に「生きる」とはどういうことか、考えることはありますか?

【西尾教授】これはある方から聞いた話なのですが、在宅で老老介護をしているご夫婦で、介護している側が先に亡くなってしまったことがありました。介護者が亡くなったことに周囲が気付かず、被介護者もそのまま亡くなり、二人とも白骨化してから発見されたそうです。そのとき、遺された被介護者が湯たんぽの入り口のところを開けて、そこにストローを差した形跡があった、と。水を飲んだんですね。つまり、最後まで生きようとした。やはり人間は、どんな時でも最後まで生きようとするんだと思います。だからこそ、生前になんとかしてやれなかったのかな、と思ってしまいます。

【西尾教授】死は周りの問題でもあるんです。遺された家族は「もう少し早く気づけていれば」と後悔するでしょうし、行政からすれば、生活保護や年金を受け取っていた人が人知れず亡くなっていた場合、宛先のないお金が継続的に払われ続けてしまう。孤独死が当たり前ではなくなりつつあるからこそ、周りの人の問題として死を把握していくことが必要になってきます。

――死すら平等ではない格差社会において、我々が自分の死に向けてやっておくべきことはなんでしょうか?

【西尾教授】やはり現実を知ることが大切だと思います。法医学の現場には、社会的弱者とされる人の遺体が運ばれてくることが圧倒的に多く、警察と我々の間で共有されるものなので、あまり表に出ることはありません。現状、法医学は法医学の中で閉じてしまっています。しかし、さまざまな形で病院の外で亡くなっている人がいることを、いろいろな方に知ってもらいたいです。知ることから、生きている私たちの生活の中に見えてくるものがあるのではないでしょうか。

(兵庫医科大学法医学講座主任教授/法医解剖医 西尾 元 構成=中沢 新)