7月2日投開票の東京都議会選挙にむけ、各党の候補者や公約が出てきている。
 築地市場の豊洲移転問題についても議論が白熱するなか、改めて本問題で話題となった「環境基準」の意味を述べたい。環境基準の意味を理解すれば、それを利用する人たちの意図も透けて見える。
 

 築地市場の豊洲への移転問題では、「環境基準値の何十倍」という、それがあたかも危険であるかのような情報が溢れかえった。

 

 もともと昨年11月の移転を予定されていた豊洲市場予定地において、地下水から環境基準を大幅に上回る有害物質が検出されたことで、移転はますます不透明さを増した。その後、土壌汚染対策の専門家会議が、豊洲市場施設は科学的に安全だとし、小池百合子東京都知事自身も法的に安全であると宣言したが、いまだに市場移転の是非は決まっていない。

事の発端は東京都の説明能力不足

 まず、はっきりと言おう。豊洲市場は、科学的に安全である。小池知事は都民の「安心」というロジックを持ち出しているが、知事自ら安全である理由を真摯に説明すれば、都民はそれを得られるはずだ。

 最初は東京都が行ったとされてきた「盛土」がなされていなかったことが問題になった。これは、東京都の都民への説明能力に問題があったためであり、その後の検証で、盛土の代わりに建設された地下ピットや、積載荷重の問題など、建築物としての安全も、問題はないことが確認された。

 その後、地下水が環境基準を何十倍も超えている有害物を含むから、安全ではないのでは、と報道され、そこからは環境基準の意味については詳しく伝えない、問題のある報道が多く見受けられた。環境基準とは何か、これが安全基準ではないことを理解していないメディア、あるいは、それを知っていても受けを狙うメディアによる報道が行われたのである。

環境基準はあくまで「望ましい」基準

 環境基準は、「環境基本法」によって定められている。1993年にできたこの法律は、日本の環境政策の方向性を示すものである。その第16条に、環境基準とは「政府は、(中略)人の健康を保護し、及び生活環境を保全する上で維持されることが望ましい基準を定めるものとする」とある。これが環境基準であり、それは「そうあらねばならない」という基準ではない。あくまで「望ましい」基準、つまり長期的な目標である。

 確かに、例えば今回話題となったベンゼンは、世界保健機関(WHO)の組織、国際がん研究機関(IARC)がグループ1に分類する本物の発がん性物質で、大量に吸引したときには、骨髄性白血病の原因になりうる。そこで、ベンゼンの環境基準はかなり厳しく設定されている。地下水では1リットルあたり0・01ミリグラム以下とされており、その水を1日2リットル、70年間飲んでも発ガンリスクは10万分の1上がるにとどまる。


写真を拡大 豊洲市場で問題となった各物質の地下水の環境基準
(出所)環境省の公開資料を基にウェッジ作成

 つまり、仮に環境基準を上回ったからといって、それを完全に取り除く必要はない。実質的に人の健康にどの程度の悪影響が出るのかを検証して対策を施すことが重要だ。

 例えば、環境基準を100倍以上超したベンゼンが地下水に含まれていたとしても、その地下水を散水して、揮発したベンゼンを市場関係者が吸うといった状況が起きなければ、危険な事態にはならない。豊洲市場では、当然のことながら、床の洗浄に地下水は使われず、水道水、あるいは、ろ過海水が使われる。もちろん、魚などを洗うためには、水道水だけが使われる。

 豊洲市場の中の空気についても、豊洲市場はコンクリートで遮蔽された空間なので、土壌中のベンゼンが気体となって市場に侵入する量はほとんどないと考えられる。すなわち、消費者が豊洲市場を起因として被害を受けるリスクは、限りなく低く、十分受容できる範囲である。

 

 歴史的にみると、沿道での大気中のベンゼン濃度が環境基準を満たすようになったのは、1999年度になってからである(東京都の測定データ)。ベンゼンはガソリンの中に大量に含まれていたからだ。96年になって初めて、含有量が5%以下に規制され、2000年以降は、1%以下にまで規制された。それ以前には、ガソリン中に含まれるベンゼンの濃度に規制はなかったので、その時代の含有量は不明である。ガソリンスタンドに給油に行けば、かなり濃いベンゼンの蒸気を吸入していたことになる。

 豊洲市場では昨年の4~5月に青果棟などの空気に含まれるベンゼンの測定が行われ、結果として1立方メートルあたり、0・0006~0・0019ミリグラム含まれていた。これは最大でも環境基準のほぼ6割程度であり、東京の大気とほぼ同程度であったにもかかわらず、土壌汚染が原因であると断定した報道も行われた。

 この記事では、市場で働く人の健康が心配であるという専門家の指摘も記載されているが、労働環境の基準値、すなわちほとんどすべての労働者に健康上の悪い影響が見られないと判断される空気中のベンゼン濃度は、環境基準値の100~1000倍も高い値に設定されている。

 このような事実は、環境省の関係者であれば十二分に分かっているはずであり、小池知事は9回目の地下水調査の結果が出た時点で「この結果は科学的に安全で、移転を左右するようなものではない」ことをハッキリと打ち出すべきだった。