『芸人式新聞の読み方』を上梓したばかりの時事芸人、プチ鹿島さんと元毎日新聞記者で、現在は、BuzzFeed JAPANで活躍する石戸諭さんの新聞の読み方論。第3回は、半信半疑で読むことの重要性を語ります。
(構成:福田フクスケ 撮影:菊岡俊子)


白か黒かで切り捨てず、半信半疑を楽しもう

鹿島 今はみんな白か黒かで判断したがる風潮があって、自分の意見に合わないものをすぐに切り捨てようとしますよね。本にも書きましたが、「産経新聞によると」って書いただけで、「産経を引用してる時点でダメ」みたいなことを言われてしまう。『朝日新聞』でも同じです。

石戸 僕も新聞記者時代に、安保法案反対の国会前デモに行って、Twitterで「すごい数の人がきている」と投稿したら、ネトウヨっぽい人からすぐに「はい捏造」「はい水増し」ってリプライがきて……。

鹿島 ありますねえ。それ、誰が言ってるかという肩書きだけで怒ってませんか? というね。

石戸 僕や鹿島さんも含めて、もともと人間は、自分の見たいものを見たがるバイアスからは逃れられないですよね。自分に都合のいい情報だけを選んでしまうのは、生きていく上である程度は仕方ない。あらゆるものについて、きちんと調べてから発言していたらきりがないですから。ただ、それが許される場面と、許されない場面の切り分けくらいはしようよって思いますね。

鹿島 みんな、自分の嫌いな意見や、バカにしている側の意見は、案外ろくに読んでないんですよ。僕はむしろ、嫌ったり、からかったりしたければしたいほど、その相手のことを読んだほうがいいと思うんですけど。

石戸 新聞記事も、今はスマホからも読めたり、SNSでもシェアされたりするようになった結果、一本一本の記事だけでジャッジしたがる人たちが相対的に目立つようになりました。そういう意見も影響力を持っている気がします。だからこそ、何が書いてあるのか、本当にそう読めるのか、きちんと真意を汲み取ろうという姿勢が問われてくると思うんですよ。

鹿島 みんな『産経』が嫌い、『朝日』が嫌いと二分してしまうんですけど、「おじさんが偉そうなこと言ってるな」と思いながらどっちも読んだほうが絶対おもしろいのに。新聞を楽しむためにも、僕は『朝日』には偉そうでいてほしいんです。それに対して他の新聞が、「朝日がまたこんなこと言ってた」と叩いてるのを見るのが大好きなんで。でも、今は『朝日』の元気がなくなっている気がして寂しいですね。

石戸 鹿島さん、本の中で『朝日新聞』を「高級背広を着たプライドの高いおじさん」と擬人化していましたね(笑)。

鹿島 アンチ『朝日』の人に、「朝日の元気がなくなってしまって、今、楽しいですか?」って逆に聞きたいですよ。元気があって偉ぶってるほうが、ファンもアンチも楽しめるのに。

石戸 その通りだと思います。今、どちらかといえば右派、保守論壇の方が勢いよく見えるけど、「朝日憎し」が王道になって、両方の軸がきちんと機能しなくなったら、言論空間自体が縮小して、おもしろくなくなっちゃいますよ。

鹿島 ダイナミズムがなくなってしまいますよね。

石戸 鹿島さんが本で書かれていた、疑う人にも“怒りながら疑う人”と、“半信半疑を楽しんでワクワクしながら疑う人”の2通りいる、という話がよかったです。

鹿島 僕は70〜80年代に子供時代を過ごしたので、川口浩探検隊や徳川埋蔵金のような、ハラハラドキドキしつつ「なんだこれは?」と自問自答するエンタメがたくさんあったから、“半信半疑を楽しむ”という感覚を身に着けることができた。

石戸 川口浩探検隊はリアルタイムではないのですが、あの仰々しさ、謎の見出しとか、いまでもパロディの元ネタになっているのが面白い。

鹿島 「なんだよ、謎の怪魚なんていないじゃねえか」と何度も裏切られながら、それでもまた「本当にいるの?」と疑いながら魅了される経験を積み重ねてきたわけです。大人もそれに目くじら立てずに、しょうがねえなあと思いながらその存在が許されていた。きっと今だったら、「ウソだろ?」「根拠は?」と怒られて成り立たないでしょうが、にやにやしながら「本当にいるの?」と疑うのが大人だと思うんです。そこが、ただ否定するだけのニヒリズムとは違う。