ドンにとっては非常に屈辱だったようだ。「俺に対してあんなことを言う知事はいなかった。東国原はどんな人間なんだ」と言われることになった。ドンと対立しても改革を進めるという決意のメッセージは、職員をはじめ議会、有権者すべてに伝わることになった。

議会に光が当たり、人々の注目が集まると、ドンの力は弱体化していくものだ。宮崎県ではそうだった。都議会のドン内田氏は何度かお見受けしたことがあるが、面倒見のいいおじさんという印象で、周囲でも彼のことを悪く言う人はいない。ただし、人間的にいいということと、事業・政策に関する政治的な関与とは別問題だ。内田氏が自民党の実力者であり、都議会の実力者であることは間違いない。

職員の意識改革の第一歩として「裏金はありませんか?」と投げかけてみた。なんと3億7000万円もの「裏金」が出てきた。職員から自発的に出てきたので、外部調査委員会を開く必要はなかった。役所には隠ぺい体質がある。「襟を正そう、膿を全部出し切ろう」「隠すことをやめて『見える化』しよう」という号令をかけた。全国から見られることに慣れていない職員たちは当初困惑をしていたが、この呼びかけに応えてくれた職員がいて、そこから大きく意識が変わっていった。

ここでの「裏金」とは事業者にお金を預けるという不適切な事務処理のことだった。3分の1は職員からの寄付を募って行う自主返納としたが、大きく超えて寄付が3分の2も集まった。そのときに、職員たちの改革の思いを確信した。「裏金」づくりが長く続けられたことで、職員たちは悪いことをしているという意識を失っていた。心の中で後ろ暗い罪悪感があったのだろう。「肩の荷が下りた、ありがとう」と言われることもあった。

「見える化」することで仕事がやりやすくなることに、だんだんと職員は気がついてきた。当時の宮崎県では議員が職員に対して「働きかけ」をしていた。