2016年11月の公開以来、大ヒットを続けるアニメ映画「この世界の片隅に」(監督:片渕須直、原作:こうの史代)。第90回キネマ旬報ベスト・テンで日本映画ベスト・テンの1位に輝くなどさまざまな賞を受賞した本作品は、上映館数が当初の63館から300館以上へと増え、公開から4ヶ月経つ現在も、まだ客足は衰えを見せていない。


©こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

 本作品のヒットの要因のひとつとして挙げられるのが、クラウドファンディングの存在だ。これはパイロットフィルムの制作資金などを一般のファンから募るというもので、3374人から約3900万円の調達に成功し、その反響がさらなる出資と配給会社の決定に大きく寄与したと言われる。出資者(制作支援メンバーと呼ばれる)の一部は映画のエンドロールやパンフレットにも記載されているので、目にした人も多いだろう。

 もっとも、このクラウドファンディングについて報じられる際は、出資者数や支援金の額が注目されることがほとんどで、具体的な支援のコースや特典、制作支援メンバー各人の活動に言及される機会はほぼ皆無だ。筆者も実際に出資した一人だが、街の声を聞くと「映画がヒットしたらお金がもらえるらしい」という明らかな誤解もあるなど、実情がいまいち伝わっていない印象を受ける。

 今回、このクラウドファンディングに出資した3名の制作支援メンバーに集まってもらい、筆者を含めた4人で出資の経緯や作品への想い、大ヒットとなった現在の状況をどう思うかを語り合った。参加者はいしたにまさき(ブロガー、ライター、内閣広報室IT広報アドバイザー)、松島智(ウェブデザイナー)、藤村阿智(イラストレーター、ライター、同人作家)、山口真弘(ライター)の4人。

 制作支援メンバー全員の意見を代表するわけではなく、あくまで「3374分の4」の声でしかないが、普段報じられることのない、実際に出資したメンバーならではの本音をご覧いただければと思う。


クラウドファンディングサイト「Makuake」で行われた資金募集では、3374人から約3900万円を集めることに成功した

1万円出資 決断の理由

山口真弘(以下山口) まずは、皆さんが出資を決めるまでの経緯を、片渕監督やこうのさんの作品との接点なども踏まえつつ伺っていきましょうか。いしたにさんはいかがですか。

いしたにまさき(以下いしたに) いやあ、僕の場合、動機が不純なんですよ(笑)。片渕さんは、あとで『エースコンバット』の監修をされてたことを知ってびっくりしたくらいで、最初の時点では全然分かっていなくて。こうのさんも『夕凪の街 桜の国』を知っていたくらいで、出資の時点で原作は読んでいなかったんですけど、他にもこういうクラウドファンディングをやっていたので、内容と金額を見てどう考えてもバカ安だし、とりあえず出資しておくかと。


いしたにまさき:ブロガー、ライター、内閣広報室IT広報アドバイザー。「ひらくPCバッグ」で2016年グッドデザイン賞受賞。

山口 なるほど(笑)。松島さんは出資までの経緯は。

松島智(以下松島) 以前、吉祥寺のバウスシアターで片渕監督の『マイマイ新子と千年の魔法』を夜やる会があって、(原作者の)高樹のぶ子さんの小説が好きだったので観に行ったんですが、そこに片渕さんも来られていて、パンフレットにサインをいただいたりしました。なので、こういうアニメを作る方だというのは何となく印象にあったんですね。

 あと、こうのさんの漫画はとても好きで、中でも『この世界の片隅に』はものすごく好きだったんですよ。クラウドファンディングで出資を募っていると聞いた時、監督が片渕さんということで、あのアニメを作った方が映画化されるのならぜひ見たいと思ったんですね。

山口 片渕監督とこうのさん、それぞれに興味があったところで今回くっついたという。

松島 そうですね。

いしたに 正統派ですね(笑)。

山口 いしたにさんの話を聞いたあとだとすごく正統派に聞こえる(笑)。すでに9回鑑賞されているという藤村さんはどうですか。

藤村阿智(以下藤村) 私は『夕凪の街 桜の国』の頃からこうの先生のファンだったんですけど、いつも参加しているコミティアという同人誌即売会にこうの先生も参加されていると知って直接会いに行って同人誌を購入したんですよ。それが2004年。その後もこうの先生が参加されるたびに行っていたんですけど、ある日アニメ化と、あとドラマ化の話がほぼ同時に出て。

いしたに あー、あれか(笑)。

藤村 こうの先生の漫画はすごく好きですけど、アニメだと絵も変わっちゃうだろうし、最初は無理だろうと思ったんですよ。でもしばらくして、アニメスタイルの片渕監督のコラム「1300日の記録」を見つけて、すごく調べて作られているし、これはいいかもしれないと。

 そうしているうちに、クラウドファンディングの情報を夫がキャッチしてきて、最初は1万円ということで悩んでいたんですが、夫が「名前も残るって書いてあるし、やるなら2人で出そう」と言って、2人で1万円ずつ出したわけです。今となっては、ペンネームの藤村阿智で3口目も入れておけば良かったなと後悔していますけど(笑)。

山口 僕は(Amazonの)Kindleストアが日本上陸した2012年暮れ、最初に買った電子書籍3冊のうち1冊が『夕凪の街 桜の国』で、その流れで翌月に『この世界の片隅に』も買ったのが、こうのさんの作品との最初の接点なんですが、年が明けた2013年1月に大和ミュージアムに行ったらアニメ化進行中の告知ポスターが貼ってあって、おっ、こないだ読んだあれがアニメになるのかと。

いしたに えっ、アニメ化ってそんな前から動いていたんですか。

山口 そうなんですよ。ところがそこから何の音沙汰もなく、2年以上経っちゃった。で、僕は某社のネットニュースのネタ収集を担当している関係で国内のクラウドファンディングの出品物はまめにチェックしているんですが、ある日情報を見つけて、すぐに出資したという経緯ですね。


広島県呉市の「大和ミュージアム」に掲出されていた、アニメーション映画制作準備進行中の告知ポスター(2013年1月撮影)。片渕監督が自腹で作成したものとのこと

山口 ちなみに皆さん、出資されたのは1万円のコースですよね。その金額についてはいかがですか。

いしたに 10万円からだと相当悩んだと思うんですけど、1万円であれば全然。クレジットに入れてもらえるってなかなかないことですし。

山口 エンドロールに名前が載らない2000円のコースも下位にありましたけどね。

いしたに そちらに申し込んだ人が知り合いに何人かいますけど「何で私は1万円にしなかったんだろう」って後悔していましたね。

松島 ぼくも1万円という金額に悩んだんですけど、自分の大好きな原作を、あの監督がやるんだったらいいだろうと思って、じゃあせっかくだから名前が載せてもらえるコースにしようと。

山口 下位のコースにするという選択肢は皆さんなかったということですかね。

藤村 私はなかったです。家族もいる中で1万円という出費は本当にいいのかなという問題だけで、1万円かなしかのどっちか。

出資したから頑張って広めているわけではない

山口 今回のクラウドファンディングでは、出資した制作支援メンバーの動きもさまざまで、Twitterなどで積極的に情報発信を行っている人もいる一方、出資した以外には特に何もせず、作品のエンドロールへの氏名の掲載を選択しなかった人もいるわけですが、皆さんはいかがでしたか。

藤村 公開前にメッセージカードが送られてきたので、直後のコミティアで私のスペースに寄ってくださった方に配りました。あと私が京都でトークライブをする機会があって、来てくれた知り合いにも渡しました。それ以外では10枚ぐらい束にして実家の親に「どこシネマで何日公開だから見ろ」と一筆入れて送ったら盛り上がったらしくて。


メッセージカード

山口 やっぱりエンドロールに名前が出るのが効いたということですね。

藤村 すごく効きましたね。私と夫の名前も出ると言ったら「それすごいことじゃない」って盛り上がって、原作漫画を買い、この間の正月に帰ったらまだ映画も見てないのに公式アートブックがあって、さらに親戚や母の友人に「うちの娘が監督と友だちなのよ」とか言っている(笑)。

山口 話に尾ひれがつきまくってる(笑)。

藤村 それはやめてくれと止めましたけど(笑)。そういえば「お金を出したうえにさらに(メッセージカードを)配らされているっておかしくないですか」って言われたこともありました。

山口 僕も何人かに配りましたけど、言われてみればそうですね。自然すぎて考えもしなかった(笑)。ほんとだ、なぜ気づかなかったんだろう。

いしたに 自然と宣伝に巻き込むやり方がうまいですよね。ああ、この手があったんだと思いました。結局お金を出す人っていうのはファンであるから出しているわけですし。

山口 強制ではなく、あくまでツールとして(メッセージカードを)提供するという。使うかどうかは個人の自由。


©こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

いしたに そうそう。よろしければ使ってください、という。まあ、よろしければにしては随分枚数が多いなとは思いましたけど(笑)。

松島 ぼくは出資をしたきり、定期的に届く(製作委員会からの)メールすら読んでいなくて、なので公開が決まったのも普通にニュースで知りました。そのうちに周りが気になっていると言い出したので、すごくいい作品になっているはずだからぜひ観に行って、あとエンドロールにぼくの名前が載っているはずだから探してみて、とか言っていたんですけど、でもそのぐらいです。

山口 周りに言ったというのは、SNSとかで発信されていたんですか?

松島 誰かがSNSで「この映画が気になっている」とか「売れているらしい」って書いていたら、そこにコメントをつけていました。自分から発信することはなかったです(笑)。あと、両親に言ったら観に行ってくれて、母が「息子がこの映画のほんの片隅に関わったようで」と自分のブログに書いたりしていましたけど、ぼく自身はもう何もしてなくて。


松島智:ウェブデザイナー。電子書籍をウェブに埋め込んで公開できるフリーソフト「BiB/i」ほかで受賞も。

いしたに 僕はYahoo!ニュースのエンタメ担当でもあるので、最初のクラウドファンディングの時に書こうと思ったんですけど、一般向けじゃないと思ってやめたんですよ。実は僕もメールを最初スルーしていて、ハガキが来た頃からだんだん気になり始めて、そのうち仕事で広島に行くことがあって、ちょうど呉市立美術館で(『こうの史代「この世界の片隅に」展』を)やっていたので、これは行かねばなるまいと。

山口 時期で言うと、公開の数ヶ月前ですね。

いしたに そうです。だから僕は映画公開前にコンテを全部見ている(笑)。もともと呉という街自体に興味があったのと、あと僕はいわゆる聖地巡礼って自分にとってのテーマなので、呉の街をぶらぶら歩いているうちになぜ舞台が呉だったかが分かってきて、それをブログに書いたら映画の公式Twitterが拾ってくれたりもしたんですけど、当時は反応は正直薄かったですね。作品を以前から知っているか、呉そのものに興味がある人だけ。

山口 確かに、その頃は限られた人だけが話題にしている状態でしたよね。公開後の現在はいろんな人がTwitterに感想をアップして、それを公式Twitterや片渕監督がリツイートする図式ができていますけど、それとは別に、Facebookなどでの表から見えないやり取りはいまも相当あるのかなという気はしますね。さっきの松島さんのように、コメントだけつけている例もある。

いしたに そうなんですよ。割と会話が閉じているんですよね。

山口 僕も、完成作を観て本当におすすめできると分かってからTwitterでも話題にし始めましたけど、公開前はクローズドなところでしか発言していなかったですね。自分が出資したから無理に宣伝しているように思われたくないというのがあって。

いしたに それはありますね。最後の完成品が映画なので、映画を実際に自分が見るまではあんまり口をきけないというのはありましたね。

藤村 マニアが出資して、その人たちが頑張って広めているんだろうと思われるのはすごく嫌でしたね。冷めた目で見ても、これはいい映画ですよ、みたいなぐらいの距離感を持ちたいと思っていて、だから公開直後は「観に行きました。皆さんもよければどうぞ」ぐらいしか言わなかった。

松島 あまり意識してなかったんですけど、僕も今回出資したからあまり言えなくなった、というのはあったかもしれないと思います。