地球温暖化は人為的に引き起こされていないとの基本的立場に立つトランプ政権は、オバマ政権が進めてきた温暖化対策を反故にすることを明らかにしている。オバマ政権の温暖化対策の肝の一つは、発電部門からの二酸化炭素排出量削減を狙ったクリーン・パワー・プラン(きれいな発電所計画-CPP)だった。もう一つは、自動車の燃費規制(CAFE)だ。燃費が向上すれば、当然だが二酸化炭素排出量は削減される。発電部門と輸送部門は、それぞれ米国の二酸化炭素排出量の40%弱、30%強、合わせると70%を占める温室効果ガスの主排出部門だ。

 トランプ政権は、CPP、CAFEともに実効性をなくし、実質的に廃止する方針を明らかにしている。規制を撤廃しビジネスと雇用を拡大するとの政権の基本方針にも合致している。両規制共に環境保護庁(EPA)の管轄だ。EPA長官には温暖化懐疑論のスコット・プリュットが就任予定だが、どのように両規制を実質的に無効化するのか、まだ詳細な方法は明らかではない。 

 仮にCAFEが無効化されるとなると、ハイブリッド車、電気自動車(EV)販売には逆風になる。トランプ大統領誕生により規制が緩くなると見られたことからEV主体のテスラの株式は当然ながら下落した。大統領選直前には194.94ドルであった株価は、トランプ当選により、いきなり10ドル近く下落し12月上旬には181.47ドルを付け、黒字化した四半期業績による株価上昇分を打ち消してしまった。しかし、12月上旬からテスラの株式は一本調子で上がり始める。2月9日の株価は269.20ドルだ。

 なにがあったのか。テスラCEO(最高経営責任者)のイーロン・マスクがトランプ大統領にすり寄っていることが市場に評価されたのだ。マスクの事業はEVに加え、テスラが買収した太陽光発電事業、非上場のスペースXによる宇宙事業だ。政府の政策と補助金、公共投資の影響を大きく受ける事業ばかりだ。

米国のEV市場と新政権


 米国では電気自動車(EV)の販売台数が昨年37%増加した。と言っても、販売台数はわずか15万9139台、米国の昨年の販売台数1755万台に占めるシェアは1%に満たない。約30車種のEVが販売されており、1万台以上売れた車は、テスラの2車種、日産リーフなど5車種に過ぎない。

 EVが伸びない理由のひとつは、原油、ガソリン価格の低迷だ。米国での自動車販売における乗用車のシェアは下落を続け、40%を切ってしまった。乗用車のシェアを食っているのは、トラックに分類されるSUV、いわゆる4駆だ。いまワシントンDCに滞在しているが、街中では、日本では発売されていない日本メーカーのSUVを含め4駆を本当に多く見かける。多少燃費が悪くても、ちょっと郊外に出かける時に便利でお洒落な車がよいのだろう。

 そんななか、フォルクスワーゲンなどがさらにEVに力を入れることを発表している。燃費規制が弱くなれば、EVの販売には逆風になるはずだが、なぜだろうか。その理由の一つは、CPPと異なりCAFEの無効化あるいは弱体化が難しいとみられていることにある。具体策の作成を州政府に任せたため、例えばEPAが何もしないことにより無効化可能と言われるCPPと異なり、CAFEは既に規制法ができており、オバマ政権末期にEPAは2025年までの規制値を決めてしまった。この規制の実効性をなくすとトランプ政権は主張しているが、そのためには新たな法を定める必要があり、かなり難しいとの見方が業界では主流だ。

 もう一つの理由は、全米のEV販売の50%を占めるカリフォルニア州の規制の存在だ。連邦政府とは別の規制値を設けており、自動車メーカーはZEV(二酸化炭素排出量ゼロ)車の販売が必要になる。それにしても、図-1の通り収益も未だ大きく伸びないEV専業のテスラにとっては、トランプ政権誕生はマイナスのはずだ。


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 多くの投資家がそう考えたであろうことは、大統領選直後の1カ月間の株価が示す通りだ(図-2)。


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 その後の株価の上昇は、テスラCEOイーロン・マスクが大統領を取り巻く企業家の集まり戦略・政策フォーラムに参加するなどトランプ大統領との近い関係が明らかになったからだろう。投資家はマスクと大統領との関係を評価したが、それには理由がある。

イーロン・マスクの事業とトランプ政権


 マスクは大きな案件をぶち上げ注目を集めるが、できないことが多いと米国では批判する人もいる。2013年に発表されたサンフランシスコとロサンジェルスを30分で結ぶハイパーループ(パイプの中を高速で移動するシステム)プロジェクトなどに対する批判だ。

 昨年12月下旬には、スペースXの従業員が会社の前でトラックに撥ねられる事故があった。事故の瞬間の防犯カメラの映像がローカルニュースで公開されている「http://www.nbclosangeles.com/news/local/hit-and-run-video-hawthorne-crosswalk-search-spacex-408680785.html」。

 この事故を受け、マスクは早速ツイッターで、トンネルを掘るとつぶやいた。トンネル掘削用機械の事業を手掛け、スペースXからロサンジェルス国際空港の近くまでトンネルを掘るというものだ。マスコミではテスラがトンネル掘削事業に参入かと報道された。

 トンネル掘削事業は規制の山との戦いになるが、マスクがトランプ大統領の戦略・政策フォーラムなどに参加していることから、スペースXは有利に事業を進めることができるとの見方もある。

 マスクの事業は、EV、太陽光発電、宇宙産業だが、全て政府の規制・補助制度と大きく関係している。EVについては燃費規制に加え、連邦政府の税額控除(7500ドル上限)による支援制度も販売に大きく影響するはずだ。太陽光発電導入には連邦の投資税額控除制度が影響を与える。マスクのスペースXは2015年にロケット打ち上げに失敗し、ウォール・ストリート・ジャーナル紙によると同年に2億6000万ドルの損失を被っているが、スペースXの今後を左右するのは米国政府だ。

 NASA(航空宇宙局)の方針は新たな長官が決定することになるが、大きな方針を立てるため政権はペンス副大統領の下宇宙関係の委員会を組織する予定とされている。報道ではトランプ政権はNASAの最優先課題を官民合同の投資による宇宙開発促進に置いているとされている。ロケット打ち上げ失敗後の後遺症に悩むスペースXにとっては、大きなビジネスにつながる可能性が高い。