ポピュリズムとは何か - 民主主義の敵か、改革の希望か (中公新書)

ポピュリズムとは何か - 民主主義の敵か、改革の希望か (中公新書)

内容紹介

いま世界中でポピュリズムが猛威を振るっています。

「大衆迎合主義」とも訳され、民主主義を蝕む悪しき存在と見なされがちなポピュリズム。しかし、ラテンアメリカでは少数のエリートによる支配から人民を解放する力となりました。

またヨーロッパでは、ポピュリズム政党の躍進が既成政党に緊張感を与え、その改革を促す効果も指摘されています。現代のポピュリズム政党は、リベラルな価値、民主主義のルールを前提としたうえで、既成政治を批判し、イスラム移民の排除を訴えており、ポピュリズムの理解は一筋縄ではいきません。

本書は各国のポピュリズム政党・政治家の姿を描き、「デモクラシーの影」ともいわれるその本質に迫ります。

 「ポピュリズム」という言葉、トランプ大統領の誕生という大きな「事件」もあり、多くの人が聞いたことがあるはずです。

 僕は「ポピュリズム」=「衆愚政治」ということで、「扇動者が無知な大衆を操作して、好き勝手なことをやる『悪い政治』」だと思っていたのです。

 でも、この新書を読んでみると、「ポピュリズム」というのは、そんな単純なものではないし、「悪」とも決めつけられない、と感じました。

 この新書、「ポピュリズムは悪いこと」というのを「前提」にせずに、すごく誠実に「現在の民主主義が抱えている矛盾とポピュリズム」について検討しているのです。

「ポピュリズムは、デモクラシーの後を影のようについてくる」(マーガレット・カノヴァン)

 近年、先進各国でポピュリズムと呼ばれる政党や政治運動が跋扈している。現代の日本では「大衆迎合主義」や「人気取り政治」とも説明されるポピュリズムであるが、特に民主主義の先進地域とされるヨーロッパで、ポピュリズム政党の伸長は顕著である。

 今や、地方議会も含めれば、ドイツ、オーストリア、スイス、イタリア、オランダ、ベルギー、デンマーク、ノルウェー、スウェーデンなど各国でポピュリズム政党は多数の議席を獲得して話題をさらい、移民・難民政策をはじめ各国の政治に強い影響を与えている。

 なぜこんなにポピュリズム勢力が支持されているのか、人々は、どんどん「愚か」になってしまっているのか?

 ポピュリズムとデモクラシーの関係について、著者は以下のように述べています。

 先に述べたように、ポピュリズムをデモクラシーに敵対的な政治イデオロギーとし、ポピュリズム政党を反民主主義的な政党とする見方は今も強い。ポピュリズムは「民主主義の病理」「討議ではなく喝采を優先」「カリスマ指導者の独裁」などと理解されることが多く、いわゆるデモクラシー論でも、正面から検討の対象とされないのが普通である。またヨーロッパの文脈では、ポピュリズム政党は右派政党であることが多く、極右由来のポピュリズムもあることから、ポピュリズムはデモクラシーに対して否定的・批判的であると見られがちである。

 しかしポピュリズムの主張の多くは、実はデモクラシーの理念そのものと重なる点が多い。ポピュリズムの比較検討を行った政治学者のミュデとカルトワッセルは、少なくとも理論上は、人民主権と多数決制を擁護するポピュリズムは、「本質的に」民主主義であるとする。

 それはなぜか。ポピュリズム政党においては、国民投票や国民発案を積極的に主張する傾向がある。オーストリア自由党は、国民投票の広範な導入、首長の直接選挙などを主張し、フランスの国民戦線も、国民投票や比例代表制導入を通じた国民の意思の反映を主張してきた。またスイス国民党は、国民投票の制度を積極的に活用し、しばしば成功を収めている。このような直接民主主義的諸制度は、まさにデモクラシーの本来のあり方に沿うものであり、「反民主主義」と一概にいうことはできないだろう。

 現在、西欧のポピュリズムでは、右派であっても民主主義や議会主義は基本的な前提とされており、暴力行動を是認する、いわゆる極右の過激主義とは明らかに異なる。ポピュリストの多くは、少なくとも主張においては、「真の民主主義者」を自任し、人民を代表する存在と自らを位置づけている。

 そのように見ると、各国のポピュリズム政党が標的とするのは、民主主義それ自体というよりは、代表者を通じた民主主義、すなわち代表制民主主義(間接民主主義)である、ともいえる。ポピュリズム研究で名高いタガートが述べるように、代表制の枠内で議論するよりも、代表制そのものに対する反発が、ポピュリズムの根底にある。

 トランプ大統領誕生の背景としてよく言われるように、「一部のエリート層に、政治が独占されており、自分たちの声が届いていない」という不満が多くの国民にあって、彼らは「既成の政党」に不信感を抱いてきたのです。

 この新書のなかで、オランダの事例として、1994年に、それまで対立していた左右の有力政党(自由民主人民党と労働党)が大連立政権を発足させたのですが、有権者に「選択肢が奪われた」と見なされ、ポピュリズム政党が急速に支持を集める原因となったと紹介されています。

 既成の政党が、みんな同じにみえる、というのは、社会党が自民党と連立政権を組み、退潮してからの日本にも言えるのではないでしょうか。

 民主党って、「ちょっと出来が悪い自民党」のようにしか、僕には感じられませんし。

 政治家という特権階級が、所属政党云々はさておき、みんなで仲良く、甘い汁を吸っている、というイメージをみんなが持つようになり、とにかく「既成の政治家たちを困らせてくれる人」が支持される。

 ただ、それは「決定権をエリートから大衆に取り戻す活動」であるとも言えるし、民主主義の大元に立ち返ろうとしているのです。

 その政策が不公正であったり、差別的であったとしても、それを決めるプロセスは、「国民投票」などを利用する、「きわめて民主主義的なもの」なんですよね。

 ただ、それは「多数派がなんでも好きに決めてしまう世界」につながるリスクもあるのです。