共鳴する頭脳 羽生善治対談集

共鳴する頭脳 羽生善治対談集

内容紹介
将棋界きってのスーパースター、日本を代表する頭脳の持ち主羽生善治と各界で活躍する著名人4人とのビッグ対談が実現!
『チーム・バチスタの栄光』など、多数のベストセラーで有名な作家海堂尊氏、Jリーグ創設から現在まで、常に中心的な役割を担ってきた日本サッカー協会最高顧問川淵三郎氏、2013年ロッテをパリーグクライマックスシリーズファイナルまで導いた、千葉ロッテマリーンズ監督伊東勤氏、そして大ベストセラー作家であり、元スポーツライター、現在は保育園の運営にも携わる東京都教育委員の乙武洋匡氏。
トップランナー同士による会話は活躍する分野は違えど、ジャンルを超えた本質的な部分で共感し、共鳴していきます。その対談はなるほどと感心させられる言葉、人生を豊かにする言葉の宝庫となっています。


 僕は羽生さんが書かれるものが好きで、ほとんど目を通しているのですが、この対談集は、羽生さんがホスト役になって、各界で活躍している人の話を聞いたものです。
 これを読んでいると、羽生さんというのは「受け」も上手いというか、人から言葉を引き出すのも巧いのだなあ、と感心してしまいます。

 
 僕としては、最初に収録されている、海堂尊さんとの対談が、いちばん面白かったのです。
 海堂さんが「小説を書けるようになったきっかけ」について、こんなふうに述べておられます。

羽生善治:小説をお書きになる最初のきっかけって何かあったんですか?


海堂尊:小学校のころから、本を一冊書きたいという夢を持っていまして。


羽生:あ、そうなんですか。


海堂:作家になりたいというのではなく、一つの物語を書いて、それが本になって、本屋の片隅にあればいいなという。それで、書きたいと思ったときに書いて、でも書けなくて、4、5枚で諦めてっていうのを、2、3年に一回繰り返していたんです。それが、バチスタのときに書けたっていう、それだけなんですよ。


羽生:バチスタまでに、少しずつ蓄積されたものがあったんですね。


海堂:ええ。本を読むのは好きだったのですが、それは書きたいからじゃなくて、単純に面白いから読んでいたわけで、でも、それって上級者による手本みたいなものじゃないですか。先生たちの棋譜を追いかけるみたいな。先生たちに勝とうと思ってやってるわけじゃなくて、これはすごいなあと思うみたいな感じで。でも、一度書けるようになるとコツが分かって、その後も書けるんです。


羽生:バチスタが出版されたあとは、自然な流れで今の状態になったわけですね。


海堂:ええ。まあ、最初の部分が書けなくて、それが長く続いていたんですけども。


羽生:大量の物語を書き続けていくコツというのは?


海堂:物語を書くのって、飛行機の操縦とも似ていて、離陸と着陸が一番大変で、水平飛行になれば、パイロットもあまり何もしていないというような感じなので、やっぱり物語の立ち上げが一番大変なんですね。僕の場合は、シリーズが全部繋がっているので、立ち上がりは、一から、滑走路から離陸というのではなくて、崖からグライダーで降りるみたいな感じですから、ちょっと楽をしているかもしれません。ただ、飛び立ったからうまくいくかっていうのは、また別の話だったりもするんですけどね。


 僕も「4、5枚書いては、続かなくなってしまう」ので、この話、参考になりました。
 ……と言いたいところなのですが、結局のところ「一度書き上げてみればコツがつかめるけれど、その『一度』が難しいというか、どうやって一度完成まで持っていくか、というのは、なかなか言葉にするのが難しい」ということなのでしょうね。


 将棋について、この対談のなかで、こんな話が出てきます。

海堂:将棋を指していて思うのは、その、同じ駒で、一手ずつなはずなのに、なんでこんなに差がつくんだろうかと、あれがどうしても解せないんですよね。絶対これ破れるはずだと思って、駒の数でも勝っているのに、気がつくと、あれ?押さえ込まれているっていう。あれが不思議でしょうがないですねえ。


羽生:そうですよねえ。


海堂:途中で加速装置かなんかが付いているような。


羽生:(笑)そうですね。実は将棋の大変なところって、マイナスの手を指すことが多いということなんです。こう指すんだったらパスした方がいいっていう手がすごく多い。マイナスの手をあまり指さないようになると、もうそれだけで立派な有段者という感じなんですよね。


海堂:なるほど。選ぶ手の多くがマイナスになる手だから。


羽生:やらない方がいいっていう手の方が多いんですよ。


海堂:なるほど、すごく面白いですね。いつもいい手を指そうとしていて、それはプラスの手を探しているんですけど、マイナスの手を指さないという発想は、少なくとも素人にはないですね。


羽生:加速してっていうのは、マイナスの手を指してしまって、相手はマイナスの手ではないから、なんか加速度的にやられているような感じなんです。


 ああ、これは、将棋に限った話ではないなあ、と。
 何かプラスになることを狙いすぎて、かえって、「やらないほうがいいこと」をやってしまうことって、少なくないですよね。
 「マイナスの手を指さない」ことを意識するほうが、大事なのかもしれません。
 たしかに「やらない方がいいっていう手の方が多い」ですしね。