2016年を象徴する「今年の単語」に、“post-truth”(ポスト真実)が選出された。客観的な事実がないがしろにされる時代――そんな中、豊富な体験談ともに、16人の社会学者が社会調査の極意を伝授した『最強の社会調査入門』(ナカニシヤ出版)が注目を集めている。地に足をつけながら社会を知るためにはどうしたらいいのか? 前田氏、秋谷氏、朴氏、木下氏、4人の編著者にお話をうかがった。(聞き手/山本菜々子)

「聞いてみる」「やってみる」「行ってみる」

――みなさんはどのようなことを研究されているのでしょうか?

前田 わたしは、「自立生活」という暮らしかたをしている身体障害者と、かれらの生活を日常的にアシストする介助者とのやりとりのなかから、障害者と健常者の関係性のありかたを検討してきました。その際の調査手法としては、具体的には、調査者であるわたし自身が実際に介助を「やってみる」という、参与観察と呼ばれる方法を採ってきました。

秋谷直矩さんは、日常生活での「移動場面」における相互行為秩序に注目して研究されています。たとえば、歩行時の身体管理の仕方や見知らぬ人への声のかけ方、立ち止まって他者と話すやり方などの行為にはそれぞれ、場面に合った「適切なやりかた」があります。それらに注目して、人びとの社会の理解の仕方をエスノメソドロジー・会話分析のアイディアをもちいて明らかにしようとしています。

朴沙羅さんは、在日外国人の移動の歴史について研究されています。とくに、ご自身のルーツでもある在日朝鮮人の、親戚をはじめとした人びとの「昔の話」を聞いて、集めて、その聞いた言葉がどういう状況に裏付けられていたかをさまざまな資料と照らし合わせながら検討するいったように、聞き取り・インタビューという方法を採ってこられました。

木下衆さんは、高齢者介護、とくに認知症患者の方への介護を中心に、調査を進めてこられました。認知症患者ご本人やそのご家族、介護・医療専門職の方々との間の相互行為の展開を、医療社会学的な観点から分析されています。いわゆるセルフヘルプグループの1つである「家族会」に参加して、その場でどのようなやりとりがなされているかをつぶさに記録し、検討する方法を採ってこられました。

このように、当然ながらわたしたち編者自身、なんらかのかたちで社会調査にかかわってきましたし、また、16人の執筆者全員が、社会調査、なかでもとくに「質的調査」をおこなってきたと言うことができます。

――『最強の社会調査入門』の副題には「これから質的調査をはじめる人のために」とあります。「質的調査」というのはどのようなものですか?

前田 これは社会学者自身もじつは渋々ながら使っている分類法だったりもするのですが、社会調査には、「量的調査」と「質的調査」があります。ものすごく簡単に言ってしまえば、「数字を使う」調査が量的調査、そして、 “それ以外” の、「数字を使わない」調査が質的調査だと、まずは考えてしまってよいです。

質的調査は、多くの場合、なにかを調べようと思ったときに、どこかしら具体的な「現場」に出かけていって、そこでだれかのはなしを聴いたり、自分の目で見て観察したり、自分の足で歩いてみたり……といった、いわゆる現地取材とか「フィールドワーク」とか呼ばれる営みが前提になっていることが多いですね。

質的調査、とくに「現場に出る」系の調査を、この本ではさしあたって、「聞いてみる」「やってみる」「行ってみる」というふうに分類しています。

まず、人にはなしを聞くこと、いわゆるインタビューという方法を採用するタイプの調査法を「聞いてみる」と分類してみました。まずは社会調査、「取材」と聞いてまっさきに思い浮かべるのがこの方法かもしれませんね。

近いところで言えば、自分の家族・親族にはなしを聞く場合もあれば、もちろん、自分の問題関心に適してそうな人をなんとか探してわざわざ聞きに行くこともあります。この本では、そうした、すでにある人間関係のなかでインタビュー相手を探す事例から、それまでの自分にとって知らない場所に踏み込んでいってインタビューを実施する事例まで、広く扱っています。

つぎに、関心の対象となる人びとの暮らす社会で、実際にかれらとおなじように暮らしたり働いたり過ごしたりすることで、その社会のことを知ろうとするタイプの調査法を「やってみる」としました。

たとえば、障害者介護やホステスの仕事がどんなものなのか知りたければ、調査する人自身が実際にその現場で働いてみるのが「手っ取り早い」し、その世界の「内側」から見ることができるようになるのではないか、という方法ですね。

そして、まずはそこへ行ってその場に身を置いてみることからはじめようとする調査法を「行ってみる」と分類してみました。とりあえずその場に「身を置いてみる」という方法。調査の方法としては、これがもっともシンプルなやりかたかもしれませんね。だれかに仲介してもらって、いままで足を踏み入れたことのない場所に迎え入れられることもあるでしょうし、すでに出入りしていて、見知っている場所に、あらためて「調査モード」で行ってみることだってあるでしょう。

もちろん、「話を聞く」ためにはしばしばその場に「行ってみる」ことが必要だったりするわけですし、「やってみる」ためにはまずは「行ってみる」ことからはじめる必要があるとも言えるわけですから、これらの営みを、厳密に切り分けることはできないのですが。

また、これらすべてについて、「◯◯してみる」という言いかたがなされていることからもわかるように、質的調査は、調査をとりあえずやりはじめてから、その後にすべきこと、考えるべきことを練っていくことができるという特徴もあります。質的調査は、「やりながら考えていく」ということが「あり」な方法なんですね。当初想定していた方法がうまくいかなかったので途中でやりかたを切り替えてみた、といった例も、この本のなかではいくつか取り上げられています。

数字を使った調査は、データの集めかたから分析までの手順があらかじめしっかりと決まっていますし、それを身につけさえすれば、基本的にはだれでもおなじように調査をおこなうことができるという強みがあります。けれど、「まずはじめてみる」までのハードルが高いですし、いったんはじめてしまうと後戻りができません。アンケート用紙は、いったん配ってしまえばもうどうすることもできませんからね。

このように、「いきなりはじめられる」、そして、「やりながら修正していくことができる」という意味で、質的調査は、「数字を使う」調査よりはハードルが低いかもしれません。けれど、そのハードルの低さが、そのまま「成果」の出しやすさ──論文やレポートといった、「書く」という着地点──を保証するわけではありません。それとはまたべつに、「どうすれば社会学になるのか」をしっかりおさえておく必要があります。この本は、むしろそこまでを視野に入れて社会調査を学ぶべきだという立場に立っています。

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調べるべき対象は日常のなかにある

――本の目次には「仕事/働き方を扱いたかったら」「身近な人を扱いたかったから」というような、タグがついていますね。大学生がテーマを選ぶ上で、おすすめの目のつけかたや、陥りがちなことなどあれば教えてください。

前田 先にも述べたように、質的調査は、フィールドワークに “でかけていくこと” がしばしば前提になっています。

でも、「行ってみた」はいいけれど、そこで “なにをやればいいのかわからない” ということが少なくないんですよね。最近では、大学でも、「座学」よりも「体験重視」型の教育として、「フィールドワーク」が積極的に用いられることが増えました。大学生の行動範囲や、接触できる人たちというのはたかが知れているわけですし、学校を出てしまえば、より一層固定された世間で生きていってしまう可能性が高まります。ですから、学生のうちに “でかけていく” 機会を積極的につくっていくこと自体は基本的によいことだとは思います。

一方で、「現場」に行ってカラダで感じればよいのだ! 理屈や知識なんて必要ない! まずは体験だ! などという、どこか根性論めいた物言いがまかり通ってしまいがちでもあることには注意が必要です。たしかに、「現場」に出ること自体はとてもたいせつですし、けっしてその価値を低く見積もってよいわけではないのですけれど、かといって、「体験」にだけ価値を置き過ぎる態度も、やはり考えものです。「現場」に行くことそれ自体になにか価値があるわけではないですよね。

ですから、どこに注目してなにを取り出そうとするのか、ということを、すぐにではないにせよ、いずれはっきりさせるつもりで「現場」に望まないことには、「ただそこにいる」ことに満足してしまってなにも見ていない、あるいは、ちゃんとなにかを見たことになっていない、ということが起こりえます。

また、しばしば陥りがちなこととして、たとえばわたしたちが、どこかへでかけていって、とりあえずなにかを調べようとすると、 “つい数を数えてしまう” んですよね。でも、現場に行っても、そこでやっていることが、何人いた、何個あった、何回起こった、といったふうに、「数を数える」ことだったら、それは量的調査ですらない、なんだか中途半端な調べものになってしまいます。

そこでわたしたちは、調べるべき対象はあくまでも、”自分たちの日常のなかにある” という視点を強調したいと思います。

なにか「どこかへわざわざ出かけていくこと」だけが社会調査だと思っていたり、自分の普段の暮らしとは縁遠ければ縁遠いほど高尚だとか社会的意義があるとか思ったりする必要はありません。

また、今までの自分にとって縁遠かった世界にあえて「行ってみる」ような調査を選んだとしても、「ふつうじゃないこと・もの・シチュエーションのなかで起こっているふつうのこと」に注目することが肝心です。

たとえば、空気が薄くなったり、風邪をひいて鼻が詰まったりしてはじめて、自分が呼吸していることに気づかされるように、その場にいるその人にとってなにがふつうなのか、ということには、ふつうじゃない状況になってはじめて気づくことができますよね。そんなふうに、”ふつうじゃないこと” を通して結果的にあらわれる “ふつう” や “あたりまえ”に照準をあわせることを意識してみてほしいです。

そういう意味でも、この本に「読んでみる」というカテゴリーが設けられていることはたいへん重要です。わたしたちは日々、さまざまな文字や映像を含めたテキストを読んで暮らしています。

しかしわたしたちは、どのようにしてそのテキストを「読めている」のか、なぜうまく「読める」のかというのは、考えてみれば不思議なことです。これもやはり、わたしたち自身の日常をフィールドにしながら「わたしたちがふつうにやっていること」に注目するという方法の1つであると言えます。

というわけで、この本は、「こんなことも社会調査なんだ」と「こんなことが社会学したことになるんだ」ということがわかってもらえるものになっているはずです。良くも悪くも、「ああ、肩肘張らなくてもこんなのでいいんだ」と思ってもらえればいいなと思いますね。