当ブログの過去エントリーより抜粋。

 本件に関わる捏造報道の始まりは、河野談話が発表される11年前の82年9月2日、朝日新聞は「朝鮮の女性 私も連行」と題する「スクープ」記事を大きく掲載します。

(前略)

  その証言が始まると、大阪の500人の聴衆はしんとして聞き入ったという。

 「当時、われわれは『狩り出し』という言葉を使っていた・・・泣き叫ぶというような生やさしいものではない。船に積み込まれる時には、全員がうつろな目をして廃人のようになっていた・・・」

 これは、昭和18年夏、わずか一週間で朝鮮・済州島の若い女性200人を狩り出した吉田清治氏の懺悔だ。吉田氏は女工から海女まで手当たり次第に拉致し、慰安婦に仕上げたという。

(後略)

 これ以後、吉田氏は朝日紙面に何度も登場し、従軍慰安婦の悲惨さを語り尽くします。

 しかしこの吉田証言は完全な作り話でした。証言が本になってすぐに現地の『済州新報』が取材していますが、一つも事実が見つかりませんでした。また韓国の郷土史家は何年も調査し、拉致の事実はなかったと断定、吉田の本を『日本人の悪徳ぶりを示す軽薄な商魂の産物』とこき下ろします。

 つまり、吉田氏は本を売って儲けるため、嘘八百を並べ立てたということです、最後には吉田氏自身が「証言は捏造だった」と認め、朝日新聞も《氏の著述を裏付ける証拠は出ておらず、真偽は確認できない》(97年3月31日付)と、「証拠は出ておらず、真偽は確認できない」ことは認めます。

 しかしこの証言は独り歩きし、その後「日本軍が韓国人女性を性奴隷にした」ことが国際的に広まってしまうきっかけを作りました、吉田氏を祭り上げた朝日新聞の罪は極めて重いといっていいでしょう。

 朝日の大スクープ第二段は、91年8月11日付の《元朝鮮人従軍慰安婦 戦後半世紀 重い口開く》という記事で、元従軍慰安婦が初めて名乗りを上げたことを報じたものです。

 この記事は『女子挺身隊の名で連行され』と書いてありますが、実はこれは大捏造であり、名乗りを上げた金学順さんは女子挺身隊で連行されたのではなく、母親に40円でキーセンに売られたと明言していることが今ではわかっています。

 問題は、記事を書いた朝日記者の韓国人妻の母が、太平洋戦争遺族会の常任理事だったことです。

 この団体が金学順さんに日本政府相手に裁判を起こすよう勧めるんです。キーセン出身を隠し、しかも身内を利する記事を書いたわけで、悪意に満ちた意図的な捏造報道であります。

 この第二段捏造記事は朝日の狙い通り、国の内外で大反響を起こします、この記事が一つのきっかけになって1991年12月の政府による従軍慰安婦問題調査開始に繋がっているのです。

 さて朝日捏造記事により日本政府は従軍慰安婦問題調査開始にまで追い込まれていったわけですが、ここで朝日新聞は第三弾の記事を1面トップで報道します。

 政府が調査を開始した翌月、すなわち1992年1月11日付の1面トップで《慰安所 軍関与の通達・日誌 募集含め監督・統制》という記事を掲げます。

 この陸軍資料は『慰安婦募集に際して業者が悪どい手口を使うので取り締まれ』という内容なだけなのに、それをあたかも『軍の関与』とさも悪いことのように報じます。

 この記事は当時の宮沢喜一政権にとって最悪のタイミングとなります、宮沢首相が訪韓する5日前で、それまで国の介入を否定していた日本政府に、決定的な「圧力」を加える意図を感じます。

 この記事も大反響を起こし、記事を受け、当時の加藤紘一官房長官は事実調査の前に「お詫びと反省」の談話を発表してしまうのです。

 そしてあわれ宮沢首相は、空港に押し寄せた大デモ隊の罵倒する声に迎えられ、韓国で宮沢首相はなんと8回も謝罪するハメになるのです。

 このような朝日新聞の悪意ある報道により、日本政府はどんどん追い詰められていったわけです。

 そして、93年8月4日、「河野談話」が表明されます。

 検証したとおり、「従軍慰安婦問題」及びこの「河野談話」の真の生みの親は、一連の朝日新聞捏造報道であるといって過言ではないでしょう。

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 82年9月2日から何度も朝日が取り上げた「日本軍関係者としてたくさんの朝鮮人を従軍慰安婦として強制連行した」という吉田清治捏造発言ですが、捏造とはばれていなかった当時から、大きな問題がありました。

 それはこれだけの規模の「犯罪」が朝鮮各地で行われていたとしたら、なぜ被害者である元慰安婦が誰一人名乗り上げてこないのだろう、という当然の疑問でした。

 山口県労務報国会・下関支部動員部長だったという吉田 清治は、1943(昭和18)年5月、西部軍司令部(福岡)から交付された「 皇軍慰問・朝鮮人女子挺身隊200名、年齢18歳以上30歳未満・・・」 などとする動員命令にもとづき、朝鮮の済 州 島 で「慰安婦狩り」 を実行に移したのだと発言していました。

 ここに「皇軍慰問・朝鮮人女子挺身隊」という言葉が使われていたのです。

 ここから、事実上広く「挺身隊」=「慰安婦」という、とんでもない出鱈目・誤用が始まっています。

 それはともかく、この吉田発言が虚言であるとは知らずキャンペーンをはった朝日にしてみれば、吉田発言で「加害者」の証言は得た、あと必要なのは「被害者」つまり元慰安婦の証言なのでした。

 そこで日本の一部の弁護士や朝日新聞記者などが必死で発言してくれる元慰安婦を探していたわけです。

 そのことは当該記者自身も認めています。

 そんな状況の中で 朝日の大スクープ第二段、91年8月11日付の《元朝鮮人従軍慰安婦 戦後半世紀 重い口開く》という記事で、元従軍慰安婦が初めて名乗りを上げたことを報じたのです。

 キーセンに40円で売られた女性を『女子挺身隊の名で連行され』と捏造したこの報道の背景には、時系列で分析すれば、朝日が描いていたシナリオにかなう「事実」報道を目指していたことが浮き彫りになりましょう。

 偽りの吉田証言に呼応するために養父にキーセンに売られててはいけない、吉田のような日本軍関係者に『女子挺身隊の名で連行され』ないといけないわけです、つまり朝日の過去記事のシナリオに即して事実を「捏造」したのではないのか、との当然の疑問が出てくるわけです。

 事実この報道の後で、『女子挺身隊』の「加害者」である吉田氏は「被害者」である金学順さんにわざわざ韓国に出向いて謝罪するという「セレモニー」が実現しています。

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 貧しさゆえに親にキーセンに40円で売られた女性が、朝日ねつ造記事により、悲劇のヒロインに祭り上げられ「少女像」として領事館前に設置されているのであります。

 そして、ねつ造記事で結果として今日の「少女像」設置を導いた、当の朝日新聞が、性懲りもなく本件で日本政府を批判しているのであります。

 読者のみなさん。

 本件の張本人である朝日新聞が、いったいどの面下げて政府批判を展開しているのかと問いたいです。

 朝日新聞にその資格はあるのか?と。