新聞を読んでいて、とてもイヤな気分になった。生き返った死人に遭遇したような、なんとも言えない気持ち悪さ。すでに3回も死んだ(廃案になった)はずの「共謀罪」という名のゾンビだ。

 朝日新聞(8月26日)は「共謀罪 要件変え新設案」「『テロ等準備罪』国会に提出検討」という見出しで、次のように伝えていた。

 安倍政権は、小泉政権が過去3回にわたって国会に提出し、廃案となった「共謀罪」について、適用の対象を絞り、構成要件を加えるなどした新たな法改正案をまとめた。2020年の東京五輪やテロ対策を前面に出す形で、罪名を「テロ等組織犯罪準備罪」に変える。9月に召集される臨時国会での提出を検討している。(略)

 今回の政府案では、組織的犯罪処罰法を改正し、「組織的犯罪集団に係る実行準備行為を伴う犯罪遂行の計画罪」(テロ等組織犯罪準備罪)を新設する。(略)

 今回は共謀という言葉を使わずに「2人以上で計画」と置き換えたうえで、計画した誰かが、「犯罪の実行のための資金又は物品の取得その他の準備行為」を行うことを構成要件に加えた。(略)

 対象になる罪は法定刑が4年以上の懲役・禁錮の罪とし、その数は600を超えるとみられる。道路交通法や公職選挙法にも適用されることになり、対象範囲が広いことも議論を呼びそうだ。(略)

 「言葉の言い換え」で、事の本質をごまかそうという「安倍話法」がまた出てきた。「共謀」と言わずに「2人以上で計画」と言い換えるという。いったい何だ、そりゃ?

 法案の名称を変えただけで、かつて猛批判を浴びて廃案となった「共謀罪」と、中身はほとんど変わっていない。だが今度は狡い。東京オリンピックを名目にして、かねてから狙っていた悪法を再度、持ち出してきたのだ。典型的なオリンピックの政治利用である。

 国会での圧倒的多数を背景に、憲法改定の国民投票へ向けて、安倍内閣が最後の外堀を埋めにかかったということだ。護憲派や反原発派、リベラルな市民団体などを狙い撃ち。うるさい連中の口をふさいだ上で、ゆっくりと改憲国民投票に取りかかる。それが「改憲悲願」の安倍首相の目論見だろう。「ゾンビ共謀罪」を甦らせようとする、真の狙いだろう。

 実は2006年、ちょうど今から10年前、「マガジン9条」(現在の「マガジン9」の前身)の「今週のキイ」というコラムに、ぼくは「共謀罪」について書いていた。(なお、このコラムは、後に『目覚めたら、戦争。――過去を忘れないための現在』(コモンズ)という単行本にまとめてもらった)。

 少し古い文章だけれど、現在の状況とほとんど変わっていないので、ここに再掲してみよう。「アイ・コンタクト禁止!『共謀罪』について」という小見出しだった。

 これ、簡単に言えば「犯罪を実行しなくても事前にその犯罪について話し合った(共謀した)だけで、罪に問うことができる」という、そうとうにキナ臭い、恐ろしい法律である。正式には「組織犯罪処罰法改正案」(組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規則等に関する法律)という。この中に、その恐ろしい「共謀罪」(組織的な犯罪共謀罪)が含まれているというわけだ。

 名前だけ聞けば、けっこうな法律のようだ。組織犯罪、誰しもイヤだし。しかし、これには実は前提があった。

 テロや人身売買、麻薬取引など、国際的な組織が絡む犯罪を未然に防止しようという「国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約」が、この法律の背景にあるのだ。つまり、国家の枠を越えてはびこる組織犯罪を撲滅しようという国際条約を批准するうえでの国内法の整備というのが、この「組織犯罪処罰法」の建前になっているのだ。

 この条約は日本も2003年5月に批准した。批准国は06年4月現在、すでに119カ国に達している。(注・2015年4月現在では、署名国147、締約国185を数える)

 世界中から組織犯罪をなくす。その方向性は正しい。誰も文句なんかつけられない。しかし例によって、これを名目に日本の官僚や政府・自民党は暴走を始める。(略)

 「この条約の国内関連法として、共謀罪を作る」と言い出したのだ。ならば「国際的犯罪集団」だけを対象とすればいいものを、国内犯罪にまでその範囲を広げようというのだ。(略)

 第一の問題点は、なんといっても、その適用範囲が広いこと。

 初期の目的であったはずの「国際組織犯罪」など、いつの間にかどこかへ飛んで行ってしまった。なにしろこの「共謀罪」の対象になるのは、4年以上の懲役または禁錮刑にあたるすべての犯罪だというのだ。その数なんと、620種類にも及ぶという。万引き、窃盗、酒の無免許製造、詐欺、脱税――。ちょっとした犯罪なら、ほとんどが対象となる。これらのいったいどこが「国際組織犯罪」と関係あるのか。

 とにかく複数で「犯罪を相談し」たら、それでオシマイ。(略)

 しかし、ここにも「お目こぼし」がある。自首したり内部告発した人の刑は軽減する、という規定があることだ。しかし、内部告発なんてこんなところで使う言葉じゃない。これは企業の不正や官公庁の談合など、権力への対抗手段として使われる言葉だ。この法律では「チクリ」である。

 これでは、ほとんど密告社会、監視社会である。

 権力にとって都合の悪い連中をやっつけるため、ある集まりにスパイを潜入させ、議論をムリにでも過激な方向へ煽動する。そのうえで、会合の様子を警察にタレ込む。集まっていた人たちは、一網打尽。スパイは内部告発だから罪には問われない。それこそ権力側の思うツボ。(略)

 この「共謀罪」について、保坂展人衆議院議員(注・当時。現東京都世田谷区長)に話をうかがったことがある。彼は、国会の審議で次のような、呆れた答弁を返されたことがあるという。

 「たとえば、何かを話していて、その話題については何も言葉を発しなかったけれど、目配せでウンウンと同意を示した、というような場合はどうなるのか」という問いに、「時と場合によるが、共謀罪に問われることもある」と、法務省の役人が答えたというのだ。

 うなずいただけで、逮捕っ!?

 スポーツの世界でよく言われる「アイ・コンタクト」なんか、じきに死語になりかねない。(略)

 もうあまり知っている人もいなくなってしまったようだが、戦前「横浜事件」という大冤罪事件があった。

 (注・戦時中の特高警察による、編集者、学者などに対する言論弾圧事件。1942年、雑誌『改造』に掲載された評論家・細川嘉六氏の論文が共産主義の宣伝文書にあたるとして、神奈川県特高警察が細川氏を検挙。その際に押収された富山県泊温泉での宴会写真を、共産党再建会議の証拠としてでっち上げ、多くの編集者や研究者が逮捕された)

 慰安旅行先の旅館で宴会を開いたときの浴衣がけの写真をほとんど唯一の証拠として、「共産党再建会議」を行ったという容疑で、改造社、中央公論社、岩波書店、朝日新聞社、日本評論社などの編集者や満鉄調査部の研究者など多くが逮捕されたのだ。うち2名が獄中で死亡。出獄後すぐに2名が死亡。むろん、凄惨な拷問があったという。

 これがただの慰安旅行だったということは、当時の旅館の女将の証言からも事実だとされている。ところが権力は過ちを認めない。つい最近、冤罪を晴らそうとした遺族らの訴えを、裁判所は門前払いした。権力犯罪は、いつの時代でも狡猾かつ強大なのだ。

 同じようなことが二度と起きないと誰が言えるか。(略)

 10年前の文章だが、付け加えることはほとんどない。まるで時間が止まったような、悪い夢をみているような。